七走一坐**肺がんとの共存生活**

わたしは、31歳の時に肺がんステージⅣbを宣告されました。今同じ悩みを抱えている方がいたら少しでも救ってあげたい。そんな想いからブログを書くことにしてみました。

死ぬ勇気と覚悟

今でも覚えてる。

がん告知の日のこと。

しっかり鮮明に脳裏に焼き付いて離れない。

それからの日々は音を立てて崩れ落ちた。


会社はわたしを見放した。

あんなにここに戻ってくるためのバックアップをすると言ってたのに。

騙された。

しかも、自分の離籍を知ったのは前任栄養士から。

今まで赤字1つ出さず、嗜好調査の結果や日々の残食、一人一人の好み。全部確認して、献立に反映してきた。

その結果がやっと見えてきて、嗜好調査の結果は過去最高。残食もほぼなくなり、栄養計算通りみんなが食べてくれるようになった。

施設長もそれを理解してくれ、わたしじゃなきゃダメだと話してくれた。


なのに会社は簡単に裏切った。

知らない所での転籍。すぐに上司に確認した。

「ごめん。全部会社都合なんだ。閉鎖した事業所があって、その子の行き先がなかったからここに配属する事にしたい。とりあえず転籍届代筆していい?」


は?ですよ。

しかも代筆って何よ。何がどう変わるかわかんないのに他人にサインなんかされてたまるか。

「いえ、送ってください」


そしてなぜか入院中に病院に送り付けてきた。確認したら年収マイナス40万。


がんなだけでそんな仕打ち喰らわなきゃなんないの?これからお金かかるのに?あほなの?しかもこれ代筆しようとしてたとか、悪意しかないだろ。



解雇ではない。再雇用だからOK?んなことあるか。

来月から限度額認定4ヶ月目で医療費下がるのに、また保険証変わったら1から。

なのに減給。治療先は東京。

どうしたらいいの。

弱者に未来はない。


だから今遺書書きました。

必ず会社にはわたしが死んだことで理解して貰います。その為に必死に書き綴りました。


子どもの事も考えたら、治療費を圧迫するわたしが生きてるより、きちんとした生活を送って、小さいうちに新しいママがいればきっとわたしのことなんてすぐ忘れるから。

わたしは居なくなってしまえばいい存在。


次の犠牲者が出ないように。

これで世の中が変わるなら本望。



最後まで誰かの役に立ちたい。



今まで関わってくれた方々ありがとうございました。



やっぱりわたしは弱かったんです。

病は気からですもんね(笑)

気持ちで負けました。負けたのでさようなら。