七走一坐**肺がんとの共存生活**

わたしは、31歳の時に肺がんステージⅣbを宣告されました。今同じ悩みを抱えている方がいたら少しでも救ってあげたい。そんな想いからブログを書くことにしてみました。

北海道胆振東部地震から1年…

おはようございます。

 

コメントをたくさん頂けてたのに、体調不良が続きブログにアクセス出来ずにいました。

かなり傷みが強く出てしまい、起き上がれずにいました。

ちゃんとまだ生きてます。

 

簡単に死んだりなんかしません。

 

一昨日、昨日とかなり方にブログを見て頂いていたようで、あんな記事が最後の記事だったことがちょっと恥ずかしいです。

 

 

痛すぎてもうダメだと思った時に書いたので、生きてて良かったと今では思っています。

 

 

そして今日は北海道胆振東部地震から1年。

 

 

忘れてはいけないあの日のこと。

 

 

 

まだ夜も明けていない時間に、あの大きな地震は起きました。

 

 

わたしの住んでいた地域でも震度5弱

強い所で震度7

 

 

地震が起きた時真っ先にした事は、子どもを守るようにしっかり抱きしめていました。

実際に起きた時間は10秒ほどだった様ですが、体感時間はもっと長かったです。

 

 

そして、その後北海道全域停電…ブラックアウト。

 

職場では、電気、ガス、水道全てが使えなくなっており朝3時半から呼び出され、子どもも連れて出向きました。

 

 

 

その日の夕方にはスマホの電波もなくなり、誰とも連絡が取れない状態に。

 

 

そのせいで色んなトラブルもありました。

 

 

でも、わたしには入居者さんにご飯を提供しなければいけない義務があった。

 

 

車は運悪くガソリンがあんまりない状態。

ガソリンを入れたくても長蛇の列。

 

 

 

電気が使えないのでスマホの充電も出来ない。

 

 

 

そして何より…咳が止まらなかった。

本当は苦しくてしんどかった。

 

 

そう、この時からわたしの癌はきっと悪さをしていたのだと思います。

 

 

でも変な責任感と、地震のせいでわたしは無理をしていました。

 

 

こんな状況でも、つらいなら仕事なんかより自分の身体を優先しておけば…

そんなにステージも進行しないうちに気付けたのかな。

 

今はそんな事思った所で、状況は変わらないのですが、これを見てる皆さんには自分の身体を1番に優先して欲しいと思います。

 

健康はお金じゃ変えないし、癌は進行してしまったら治りません。

 

 

 

そしてあの地震で思うことは

電気、ガス、水道、電波、ガソリン、食料…

色んなものが当たり前の様に使えている世の中ですが、ライフラインはいつ使えなくなるかわかりません。

 

備えあれば憂いなし。

備蓄品や震災セットなど、まだご家庭にない方は今一度考えて欲しいです。

 

いつ何時、震災が起こるかなんて誰にもわからないから…

 

 

こんな下手くそな文章じゃ事の重大さが伝わりにくいかもしれませんが、本当に大変でした。

 

 

わたしの職場は備蓄品は全くなく、自分達で調達するしかありませんでした。

 

 

水も出なかったので、出る施設から分けて貰う分しか使えず、自分の手を洗うのすら勿体ないと感じる程でした。

 

 

ガスも使えなかったので、パートのおばさん達に家庭用ガスコンロを持ってきて貰い、それで120人分の調理をしていました。

献立変更にも色々と頭を悩まされました。

冷蔵庫、冷凍庫も使えなくなってしまったから、解凍されてしまった物は衛生上全て廃棄。

1人で色んなスーパーを回ってサバ缶200個買ったり、食材の調達はすごく大変でした。

 

電気は約2日間使えませんでした。

もちろんお家も。

お家は幸いにも電気とガスだけ使えなかったので、お水は使えたのですが、お風呂にも入れないので水で全身洗い流してました。

まだ暑い日が続いてた日だから良かったものの、これが冬だったら…と思うとゾッとします。

 

 

我が家も冷蔵庫は全滅で、お肉や魚はガスコンロがなく調理出来ないので諦め、野菜とか果物とか缶詰類で何とか栄養を取っていました。

 

 

スーパーに行っても物はないし、2日間だったから良かったものの、あれがいつまでも続いてたら、どう生活していたかわかりません。

 

 

 

そうやって我が家より施設の事優先で食材を調達していたにも関わらず、入居者さんや職員さん(介護士さん)からは「これしかないのか」「今日の献立これじゃないはず」と文句を言われたり、とても嫌な気持ちで何日も過ごしました。

 

 

スーパーにはすぐに物が揃いましたが、わたしたちが配送して貰っていたセンターはいつまでも正常に戻らず、欠品状態が続いてました。

なので、足りないものは120人分スーパーで買い出ししなきゃいけなく、スーパーもまだ復旧したばかりだからか、“お一人様〇個まで”と購入制限があり、何件も回らないといけなかったり…

 

10日間くらいはそんなあやふやな生活でした。

 

 

だから今一度、今あるライフラインの大切さと向き合ってみてください。

 

 

 

 

今の生活は、とても幸せな事なんです。

 

 

 

 

少し忘れつつあったあの日の事、わたしもしっかり思い出して、色んな事に感謝して過ごしたいと思います。

 

 

 

どうかもうそんな事が起きませんように…

 

 

 

それが1番ですが、天災は本当にいつ起きるかわからないのです。

 

 

 

日々心構えして過ごすことも大事だと思います。

 

 

そして、地震で命を落とす方がいることも忘れちゃいけない…

 

 

 

だから、今をしっかり生きないと。

 

 

 

病気だからと怯まず、また皆さんの力を借りながら、頑張りたいです。

 

 

 

わたしがアクセス出来なかった何日間かにコメントくれた方々、本当にありがとうございました。

 

 

少しずつお返事したいと思います。

 

 

 

それではまた。

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