七走一坐**肺がんとの共存生活**

わたしは、31歳の時に肺がんステージⅣbを宣告されました。今同じ悩みを抱えている方がいたら少しでも救ってあげたい。そんな想いからブログを書くことにしてみました。

死と友達にはなれない

こんにちは。

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鬱々とした気持ちが前に出てしまうと

人はそれしか考えられなくなってしまうものなのでしょうか?

 

わたしはがんと宣告されてから、毎日が本当に変わりました。

当たり前のことが当たり前に出来ない。

それに、いつも死が後ろに迫っているということ。

 

あんなに走れたはずの身体。今や階段を少し登るだけで息切れ。

子どもと追いかけっこすらも辛い。

歌うのもあんなに好きだったはず。

なのに今は声が出ない。

特に高音絶望的。

 

でも唯一、肺を使っても子どもと楽しく遊べる事がある。

 

それは、シャボン玉。

 

あれなら僅かな肺活量でも大丈夫なのです。

 

 

 

歩くのは平気。ゆっくりなら。

でも、小走りは辛い。

そのうち歩く事も出来なくなっちゃうのかな。

そして酸素ボンベに…

 

そうやって悪いことが順繰り順繰り、頭の中をぐるぐる回る。

 

次第に涙が溢れてくる。

 

悔しい、悔しいって泣くの。

 

どうしてわたしなの?

どうして今なの?

でもどうしたら…長く生きられるの?

 

 

小さな子どもを遺してなんて本当に嫌だ。

 

嫌だからこそ足掻く。

でもこの足掻きは本当は無駄なんじゃないかと思う時もある。

 

 

たまになんだけどね、

ふわっと自分が自分を見つめている状況になる時があるんだ。

 

 

その時のわたしは必ず悲しそうな顔をしている。

そして、悔しそうに口をへの字にしながら泣くんだ。

 

「なんて可哀想。」

もう1人の自分がそう思うの。

 

 

それはそれはとても絶望的で、壊滅的状況なのは日々変わらない。

 

他人は「みんなだっていつ何があるかわからない」なんて言うけど、

じゃあ貴方は常にその死を意識して生きていますか?

毎日毎日今死ぬかもしれないと思って生きていますか?

 

…簡単に言わないで。

 

そちら側の人間に、わたし達の気持ちなんて決してわからないと思うんだ。

 

寄り添うことが出来たとしても、100理解するのは不可能だから。

 

 

その言葉、全然嬉しくないのよ。

ごめんね。

 

頑張れも嫌い。

はなちゃんなら生き延びられる!という確証のない励ましも本当はすごく嫌い。

 

…だってわたし5年生存率5.1%以下だよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは今の医学だから大丈夫!

とか言うんでしょ…

 

わかってる。

 

 

そんなのわかってるよ。

 

 

でもね、常に死を意識して生きてしまうのはもうどうしようもないの。

 

考えたくなくたって、考えてしまう。

 

弱い人間だから。

強くなんかなれないし、なりたくもない。

 

 

 

ただ穏やかに生きられたら…

 

それだけでわたしは幸せなんです。

 

 

 

最期はさ、楽しかった事たくさん思い出したいでしょ?

だから、今のうちに思い出をたくさん作るの。

これはね、仲のいいある人が言ってくれて、とってもいいなあ。って思ったからそうする事にしたの。

 

 

いつまで生きられるのかな。

 

小さな我が子の手をいつまで繋いで居られるのかな。

大好きな娘。わたしのひとりだけの大好きな娘。

 

 

最近はね、本当によくお手伝いしてくれるの。

卵だって上手に割れるし、混ぜるのも上手。

お洗濯もね、一緒に干してくれたり、畳んでくれたり…

掃除だって、アンパンマンの掃除機で一緒に掃除してくれるんだ。

でも、今日それは壊れちゃった。

ホースの所がポキッと。

 

これを見て

 

あー…わたしもこうやって呆気なく死んでしまうのかな。

 

とまた悪いことを考えてしまったよ。

 

 

今は病院の診察待ち。

なんでこんなこと考えてるかはわからない。

何となく、何となく、辛いんだ。

 

 

先生に上手く伝えられるかな。

伝えられるといいな。

 

 

そして、明日も明後日も

穏やかに暮らしたいな。

 

 

なんだか長々とごめんなさい。

それではまた。

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